安田純平氏、解放される!そして、また「自己責任論」。

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安田純平氏、解放!

2015年からシリアでイスラム過激派と思われる組織に拘束されていたと思われていたフリージャーナリストの安田純平さんが、解放されたとの連絡がカタールから提供され、その後、トルコ南部でシリア国境に近いアンタキヤの入管施設に保護をされたとの情報が寄せられたとのコト(但し、本人確認までは一定の時間を要するとのコト)。

安田さんと思われる男性の健康状態も、担架などで運ばれた訳でもなく、意識もはっきりしていると言う。

事件の始まりは、2015年の6月下旬。

シリアとトルコの国境地帯にある難民キャンプの取材のために、トルコからシリア北西部のイドリブ県(今回、解放になったアンタキヤにも程近い場所)へと密入国をしたとされ、入国の連絡を最後に音信が途絶えた。

2016年3月には、本人と思われる男性が出ている動画がネット上に上がり、その後、数回だが同様に動画や画像がネット上に公開されていたが、なかなか正確な情報が上がってこないまま、3年余りが過ぎていた。

安田さんと言えば、2004年4月にはバグダッド近郊で、武装勢力に拘束されたり…と、今回の拘束が初めてではない。

それは事実の話。

そして、インターネットで今回のニュースを読む限り、多くの誹謗が集まっている。
それはこうした過去の拘束と、ご本人のtwitterなどでの投稿がきっかけになっているのだろう。

だけれども、素直に今回の解放(が真実ならば)は、喜ばしいコトだと思うし、まずは喜ぶべきだと思う。

日本の「自己責任論」は単なる村八分

危険な地域を取材するコトにつきまとう「自己責任」と言うコトバ。

確かに、自己責任で紛争地に行ったのかも知れない。

いや、そうだろう。

でも、実際に1つの事件に遭遇している以上、それを助ける・助ける努力をすると言うのは、政府の役目。

それも事実。
「自己責任」と言うコトバを逃げ道にするのは、正しい話ではないように思う。

こうした事件に対しては、どの政府も出来うる限りの手段を尽くしている。
恐らく、今回、日本政府も解放のために手段を尽くしたハズだ(だと信じたい)。
身代金を払っている国だってあると言われている(どの国も詳細は公表していないが)。

ただそれでも、政府も国民も当の本人を批判するコトはナイ。

“自己責任”
“パスポートを取り上げろ”
“税金がぁ…”

なーんて言っているのは、日本ぐらいなんじゃなかろうか。

 

ここぞとばかりにココロないコトバを投げかけられる社会に、いつなったのだろう。

そして、そうしたコトバを、本人を目の前に話せる人がどれだけいるのだろう…とも。
しかも、論理的に。

確かに、身代金を払うのは、この先を考えるとプラスの話ではない。
また同じような事件が起きるリスクが高くなる訳だから。

でも、あとの2つは、何を以てそんなコトバを投げかけているのだろう…と。

香田証生さんが殺されてから、ボクら旅人レベルでも、そのコトバが頭をよぎるコトがある(香田証生さんの事件については、下川氏が記した『香田証生さんはなぜ殺されたのか』が詳しい)。

でも、今の世界で、何処が危なくて、何処が安全かなんて、あるのか?
極論を言えば、そんな気になる。
結局の所、程度の問題にしか過ぎない訳だし。

「自己責任論」が悪いとは言わない。

だけれども、そもそも「自分がリスクを取って行動したのであれば、まずは誰かの助けの前に自分で責任を負う」と言うだけの話。

それは危険な場所を取材するジャーナリストでなくても、旅人程度であっても、いや、そもそも日本での生活だって、そもそも全てが「自己責任」の社会。

だけれども、本人に過失がなかったり、判断が付きにくい場合であったり、今回のような生命にかかわるようなコトの場合は、無制限に「自己責任論」が出て来るのは、どうなの?と思うし、そんな社会は日本ぐらいなんじゃないだろうか…とも。

「他人に迷惑を掛けない」。

それは、日本人の美徳だとは思う。
だけれども、それが行き過ぎると、「自己責任論」になり、単なる村八分になる。

果たして、それが「日本人の美徳」なんだろうか…と、つい思ってしまう。

まずはおかえり、だ。

いつ殺されるかも、いつ解放されるかも分からない中での3年間。

よく耐え抜いたと思う。
尋常じゃない精神だと思う。

もちろん、再発を防止するために、検証しなければならない話もあると思う。
そして、その検証結果の幾つかはもっと公になってもいい話もあるだろう。

でも、まずはおかえり。

それで、いいんじゃないか。

まずは、疲れを癒してください。

それで、いいんじゃないか。

そして、シリア情勢に対して、もっと目を向ける。
そうした流れになるべきなのではないか。

いや、シリアだけじゃなく、世界には困難に陥っている国や地域は、まだまだ存在している訳で、もっと関心を持つ流れになるべきではないか。

誰かを無責任に批判するのは、今のネットの匿名性の社会では、簡単な話。
だけれども、“知ろうとする”コトに、もっと目を向けるべきなのではないか。

ボクら1人1人では、大したチカラにもならない。

だけれども、まずはもっと関心を持つべきなのではないか。
少なくとも、そうした社会になって欲しいと、1人の旅人としては、思ったり。

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