上田電鉄、千曲川橋梁復旧で1年5カ月ぶりに全線運転再開!

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上田電鉄、約1年5カ月ぶりに全線で運転再開!

2021年3月28日、上田電鉄別所線が約1年5カ月ぶりに全線での運転を再開しました。

上田電鉄の別所線。
長野県の上田~別所温泉駅間の11.6kmを結ぶ鉄道路線。

元々は上田交通の別所線として、他にも幾つかの路線を持っていましたが、今や残っているのは、この別所線の11.6kmのみ。

その唯一残った別所線も、少子化の影響に伴い、通学・通勤利用が減り、終点の別所温泉への観光需要も2000年代に入ると伸び悩み、存廃問題が浮上。
公的支援を受けながら営業がなされ、より財務の透明性を確保するために、上田電鉄として分社化されたのが2005年。
分社化後も少子高齢化がより進む状態でしたが、観光客を中心とした定期外利用が少しずつ増え、大河ドラマの影響などもあり、2012年度からは5年連続で輸送量が増加。2016年度には131万人に達していたが、2019年10月13日、“令和元年東日本台風”による上田~城下駅間の千曲川橋梁が崩落したコトで、別所線は同区間が長期間の運休を余儀なくされていた。

今回、全線運転再開に辿り着いたのは、この千曲川橋梁が復旧したコトによるモノです。

上田市による公有化が早期復旧の道に!

地方鉄道で、様々な公的支援を受けている状態の上田電鉄。

約9億円ともいわれる復旧事業費をひねり出すのは、なかなか至難の業。

過去には、高千穂鉄道やJR北海道の日高線のように、自然災害からそのまま復旧断念→廃線に繋がると言う事例も出て来ている中で、別所線は、「特定大規模災害等鉄道施設復旧事業費補助」と言う制度を活用したコトが、復旧に向けた動きになったのは、間違いないでしょう。

特に今回の例で言えば、被災したのが、一番のボリュームゾーンである上田~城下駅の間でしたから、仮に被災→復旧断念になっていたのであれば、全線での断念に繋がっていたでしょうし。

この「特定大規模災害等鉄道施設復旧事業費補助」。

総事業費の97.5%を国が負担すると言う大きな補助。
ただその為には低くはないハードルがあるのも、事実です。

それは、補助要件に、地方公共団体などが鉄道施設を公有化するコトと言う項目があるところ。

今回の例で言えば、上田市が、鉄道施設の公有化を決断しなければ、この事業補助が受けられなかったと言うコトです。

元々、被災する前から上田電鉄に対しては、支援を行って来た上田市。
そこに更に施設の公有化…と言う支援。

地方公共団体も疲弊している状況の中で、この決断は、地方公共団体としてもなかなかできる話じゃない。

上田市としては、

通勤・通学・高齢者の通院など生活交通としての役割はもとより、教育、文化、景観、環境、観光など様々な側面で、上田市にとって欠くコトの出来ない大切な財産

と別所線を位置付けており、それだけの覚悟が線路を残す・繋げると言う決断に繋がったのだろう。

普段からの自治体と鉄道会社が良好な関係を保ち続けていて、それでいて、地方の鉄道の問題について、共通の認識を持っていたからこそ…なのでしょうね。

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鉄道を残すと言う覚悟が、どれだけあるか

この「特定大規模災害等鉄道施設復旧事業費補助」と言う制度が良いのか悪いのかは分からないし、そもそも、それは地域によっても異なるだろう。

ただ地方鉄道の苦境が叫ばれる中で、地方の公共団体も、線路を残すのであれば、覚悟が必要な時代になった。

それは間違いがないのだろう。

その上で、どうやったら乗って貰えるのか…と言う話。

自然災害だけでなく、コロナ禍で地方鉄道も相当な苦境に陥っている。

そうした状況下で、どう関与して行くのか。
どういった関係を築いていくのか。

そろそろ鉄道を残したいのであれば、鉄道があるのを前提とした街づくりをするべきなのだとも。
それができないのであれば、やはり地元の方の利用が少ない路線や区間では、鉄道は維持すべきではないのだとも。

ノスタルジーだけでは、鉄道は残せないですからね。

ただ、駅があるコト・鉄道が走っているコトは有形無形の財産とも思うし、利用度だけでは測れないモノもあるとは思いますが。

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