ホイアン旧市街 (2) 日本人橋

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ホイアンの特徴は、貿易で栄えた場所なので、随所に貿易先である国の色が残っていると言う所だろうか。
当地であるベトナムの文化は勿論だが、中国、ポルトガル、そして、実は日本も…
これらの文化の色が、混ざり合って、絡まり合っていて、そして、それらがしっかりと残っている。
それらが絡み合って、ホイアンになっている。

日本人ゆかりの来遠橋(日本人橋)

旧市街に入って、しばらく歩くと、運河に辿り着いた。

ホイアンはこの運河を基点にしている街なのだけれども、風がほんのりと吹き抜けていて、それが何とも心地良い雰囲気を醸し出している。

その運河に沿って歩いていて行くと、日本人が架けたと言われている来遠橋(日本人橋:Lai Vien Kieu)が見えて来た。

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1593年当時、ホイアンにあった日本人街と、中国人街とを結んだ橋。
橋自体はあっという間に渡れるくらいの長さでしかない(因みに長さ自体は18メートルでしかなく、幅は3メートルばかりの小さな橋である)。
だけれども、瓦屋根つきの橋で、中央部には祠が祭られていて、良く見ると細部に日本っぽい所も中国っぽい所も混ざり合っていて、何とも味わいがある橋。

向こう側に渡るだけならば、無料で渡れるのだけれども祠を見学するのには、先程購入したチケットが必要になり、橋の真ん中でチケットのチェックがあって、ちょっと分かりにくいかも知れない(通るのにも必要に思えてしまうから)。

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ちょうど橋の入り口には片方に戌が、もう片方には申の木造があるのだけれども、これは申年に建築がはじまって、戌年に終わったコトから、こうした像が設けられているみたい。
これがチョコンと座っていて、ちょっとユーモラスな感じすらする木像。

すっかり朱色が剥げてしまっているけれども、これはこれで味があって、いい色合いになっているんだけれども、当時は、きっとホントにビビッとな感じだったんだろうなぁ…なんて思うと、ちょっとその姿も見てみたい感じがしてしまう。

来遠橋から見た風景

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それにしても…
今でこそ、羽田から夜中に飛行機に乗ってしまえば、ピューンッとホーチミンにまで到着出来て、午前中にはホイアンに辿り着ける訳だけれども、当時、日本からここまでたどり着くのは、きっと命を懸けた航海だったハズ。

それでも、この地に足を伸ばし、根を生やして、こう言う橋まで作ってしまう当時の人の力強さには、頭が下がる思いでしかない。

橋の中央で見た景色。
現代っぽい建物がほとんど見られない景色だったけれども、当時の人が見た景色も、こんな感じだったんだろうか…
そして、日本から遠く離れたホイアンの、その先に見ていた風景や夢は、一体、どんな色だったのだろう。

 

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