南米から帰って来て、そのままバンコクへ旅立ったのだけれども、バンコクで思ったコトの1つに、
“コトバが通じない”
と言うコトがあった。
まぁ、当たり前ですな。
ボクの母国語は日本語だし、それ以外の言語をしっかりと話せる訳でもナイのに、タイ語は発音を含め、かなり難しい言語だから。
でも、コトバが通じないもどかしさを、とてつもなく感じてしまう自分がいたりした。
いや、昔よりもタイも英語が通じる様になった。
少なくとも、旅している分にはそんなに困らないし、ジェスチャーで何とでもなる。
だけれども、ちょっと仲良くなったり、ちょっと地元の人と会話をしたり…と言うのは、やっぱり難しい訳です。
南米にいた時は、ブラジル以外はスペイン語圏。
ブラジルだって、別にスペイン語が通じない訳じゃなくて、こちらはスペイン語で話し、向こうからはポルトガル語で帰って来ると言う形で、意思の疎通は出来る。
そもそもそんなにスペイン語が話せる訳じゃないけれども、旅をするぐらいならば問題なくて、道を尋ねたり、数字だったりする程度のスペイン語ならば、別に何処かで習った訳じゃないし、スペイン語圏もほぼ10年ぶりだったけれども、案外、話せている自分がいたので、ちょっと地元の人と仲良くなったりするコトが出来たのだけれども、タイに戻ると、なかなかそんな感じにならない。
勿論、若い人や都心部で働いている人の中には、流ちょうに英語を話す人もいるんだけれどもね。
屋台のおっちゃんとかおばちゃんとかと、もっと仲良くなりたいなぁ…なんて思っても、やっぱりコトバの壁と言うのがそこにはしっかりとある。
昔は、それでも良かった。
身振り手振りで伝えたいコトを伝えて、現地の人の親切に甘えるコトが出来た。
でも、歳を重ねたからなのか、それだけじゃ満足出来ない自分がいる様になったみたいで、“もっとこの人と話がしたいなぁ…”なんて思うようになってしまった。
いや、“話がしたいなぁ…”と言うよりも、“話せたら面白いだろうなぁ…”の方が正しい言い方になるのかも知れないけれど。
コトバ。
どうしてこの地球と言う1つの国で、ココまでコトバが異なってしまうのやら。
同じ人間なのに。
世界で1つのコトバだけが話されていたら、もっと意思の疎通が楽なのに…なんて、つい恨んでしまうけれども(1つの言語しかなかったら英語で悩むコトもなくなるしね)、話せないコトに楽しさや面白さを感じるよりも、そこのもどかしさの方が大きく感じる様になったのは、やっぱり南米で意思の疎通ぐらいならば何とか地元の人と出来ていたと言うのが大きいんだろう。
勿論、スペイン語でも意思の疎通が出来ていただけで、政治の話とかはやっぱり難しいし、知らない単語だらけになる。
スペイン語は男性名詞と女性名詞とあって、それぞれ活用が変わってくる面倒さもアルけれど(なので、しっかりと勉強した訳じゃないので、これはフル無視で話したりしていますが、旅人だと甘く見てくれるので助かります)。
スマホやタブレットのアプリを使って辞書や翻訳が街中でもWiFiさえ拾えれば出来ると言うのは、便利な時代になったよな~なんて思ったりはするけれど…
やっぱりほんにゃくコンニャクが欲しい。
アレさえあれば、色々な人としっかりと話が出来て、また旅の面白さが深みを増すのに。
ドラえもんに出て来る道具の中で、何が一番欲しいか?と聞かれたら、1番じゃないかも知れないけれども、個人的にはかなり上位ランクに来る道具の1つだったりします。
ほんやくコンニャク。
誰かマジで開発してくれないかなぁ…
ってか、もうちょっと語学、ちゃんと学びたいなぁ。
スペイン語も含めてだけれど。
…って、アラフォーなのに何て中身のナイBLOGを書いているんだか(笑)。
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